2013年08月17日

今の主治医との出会い

【精神不安定を克服するまで 7 】

現在通うクリニックを初めて訪れたのは、2010年3月1日の
月曜日でした。N郵便局の仕事をやめてから1年と10カ月ほど
経っていました。

なぜもっと早く受診しなかったのか。それは、どうせ病院へ
行っても治らない、薬はきかないと思っていたからです。

大学時代、精神不安定がひどい状態だった時に初めて
心療内科を受診したことはすでに書きました。2回しか
行きませんでしたが、病院は少し話をきいて薬を出すだけ
の所だと分かりました。

薬は確かに、その場をしのぐには有効ですが、心の病を
根本的に治してくれるものではない、それが身に染みて
分かっていました。結局、対症療法でしかないのです。
そのため、うつ状態になっても精神科、心療内科の受診
をためらっていました。

だけど…と当時の私は考え直しました。あれから十数年経過
しているわけだから、薬も開発がすすんでいるはず。
勝手に薬は効かないと思い込まず、もう一度薬を服用
してみてはどうだろう、と。

ネットで近辺のクリニックを探し、最終的に、ここなら
通いやすいだろうという理由で今のクリニックを選択。
深く考えずに決めましたが、これが大当たりだったんですね。

そして初診の日。診察室へ案内されて中へ入ると、
現在の主治医が座っていました。お顔を見て、
「公式サイトの写真で見た通りだなあ」と思いました。

そして患者用の椅子に座り、先生と向かい合った瞬間、
先生の左肩の上あたりから、直径10センチほどの
球体の気を感じました。優しさの気でした。
「この人は優しい人なんだな」とすぐにわかりました。
(人の気を一番よく感じるのは初対面の時です)。

初診ということで、家族構成、仕事の話、
過去の病歴(パニック障害があったと話しました)、
今の生活状況等いろいろ聞かれました。その日の
診察時間は40分ほど。こんなに話を聞いてもらえる
のかと驚きました。

先生に告げられた病名は、軽度のうつ病でした。

先生は「今回は長く時間を取って話を聞きましたが、
次回からは10分ほどしか時間が取れません。では、
薬を出しますので、また来てください」と。それから、
「あなたにはこの薬を選びました。ジェイゾロフト、
デパス、メイラックスです」と言って薬の説明をし、
次の診察は1週間後となりました。

私「通院するんですか?」
先生「はい」
私「そうですか…。でも薬はできればのみたくなかった」

薬をのむ覚悟で来たのに、そんなことを口走っていました。
でも、「この先生は話しやすいなあ」とも感じていました。

posted by かよこ at 16:54 | 心のこと | 更新情報をチェックする

2013年08月15日

うつ状態になり受診するまで

【精神不安定を克服するまで 6 】

N郵便局に異動後、多くの不思議な体験をするように
なったことで、見えない世界への関心がますます高まり、
当時の私は、精神世界、オーラ、チャクラについての本や
自己啓発の書籍を読みあさっていました。そこで得た知識が
のちに精神不安定の克服に役立つことになります。

さて、前にも何度か書いたことがあるような気がしますが、
このN郵便局こそ、うつ状態になってしまった職場です。
異動前の職場であるK郵便局が、のんびりとして雰囲気の良い
働きやすい所であったのとは対照的に、N局は非常に働き
づらい郵便局でした。

皆いつも忙しくピリピリしていて、しょっちゅうイライラをぶつけ
てくる。人の気に敏感になっていた私にはとても辛いことでした。
イライラや怒りの気には攻撃性があり、それを受けると自分の
気が傷つけられてしまいます。

また、性格のきつい同僚や上司もいて、人間関係も難しい。

さらに悪いことに、仕事自体がきつい。電話が複数台一斉に
鳴り出します。電話の相手は、お客様、他局の人、さらには
トラックの運転手さんまでと様々で、用件も実にさまざま。
その一つ一つをきちんと処理し、鳴り止まない電話を次々と
受ける。お客様からの苦情も少なからずあり、未処理の仕事が
たまっているのに延々とお叱りを受ける。思い出すだけでも
疲労感が押し寄せてきます…。

そこでの仕事の大変さについて語ると長くなるのでこのへん
にして、とにかくストレスのたまる職場でした。

当時の私は、たぶん人生で一番仕事を頑張っていたと胸を
張れるくらい、毎日全力で働いていました。現在の私なら
「この仕事は辛すぎて出来ない」と、長くても半年ほどで
辞めてしまったでしょう。
でも当時の私は、「このくらいで弱音を吐いてはいけない。
これはきっと人生の試練だから逃げてはならない」と考え、
辞めようとはしませんでした。

しかし、毎日力一杯頑張るなんてことが続けられるはずが
ありません。結果としてうつ状態となってしまったのです。

もっとも顕著な症状は全身の倦怠感。常に疲労が抜けない。
仕事に行く時は、体に鞭打ってなんとか出勤しますが、
休日は寝ていることしかできません。

明らかに心が疲労困憊していることを示す出来事が
ありました。仕事中に突然、笑顔になれなくなったのです。

当時の私は「いい人でなくてはならない」と思い、誰にでも
愛想よく笑顔で接していました。どんなに腹が立っても
それを表に出すことはせず、平気なふりをしていました。
つまり、自分の心に嘘をついて、いい人を演じていたのだと
思います。

それが限界に達したのでしょう。どうしても愛想笑いができない。
しかも人と話すのが辛くて辛くて仕方がない。すぐにでも
職場から逃げ出したくなり、上司に理由を話して早退させて
もらったのでした。

N局での大きなストレスに耐えきれず仕事をやめたのが
2008年5月のこと。異動してから約1年と7か月後でした。

やっと辛い仕事から解放された私。3カ月ほど休めば十分だろう、
気力が戻ってまた働く意欲もわいてくるだろう、そう考えていました。
でも、それは非常に甘い考えでした。

仕事をやめてから1年経っても、家で十分休養しているのに
全身倦怠感は抜けず、やる気も起こりません。だんだん
自分に対する絶望感が増してきて悲観的になり、私の将来には
希望がない、もう死んだ方がいいんじゃないかという思いすら
わいてくるようになりました。

このままじゃ埒が明かない。N局をやめてから1年と10か月後、
ついに精神科クリニックを受診することを決意しました。

次はやっと現在の主治医の登場です。ここまでが長かったなあ。

posted by かよこ at 22:33 | 心のこと | 更新情報をチェックする

2013年08月09日

目に見えないものに敏感になる

【精神不安定を克服するまで 5 】

さて、脱線するかのように見える今回の話題ですが、
重要なことなので書かせてください。

30代に入ってからは、前々回で書いた通り、郵便局で働くことが
多くなりました。2005年(この時32歳)の前半から、K郵便局
で簡単な事務と電話応対の仕事を始めました。

そこで働き出して1年が過ぎた2006年の春のこと。

休日、なんとなくテレビをつけたら、見たことのない男性が
画面中央で話していました。その男性を見た瞬間、
ハッと息をのみました。
「何、この優しそうな人は!?」、そう思いました。
普通の人とは全く違う雰囲気をはっきり感じました。
特に優しさを強く感じたのです。

その人物とは、あの有名な江原啓之さんでした。

その後すぐに江原さんの本を発見して数冊読みました。
初めてふれるスピリチュアリズムの思想。人間がこの世に
生まれる目的、守護霊のこと、死後の世界のこと。
「そうだったんだ」と目からうろこが落ちる思いでした。
これまで様々な哲学や宗教の教えを学んだことが
ありましたが、スピリチュアリズムほど心に響くものは
ありませんでした。

そして、スピリチュアリズムを知ってから、不思議なことが
起こり始めます。

仕事中、隣に座って作業をしていた男性から、「よし、
話しかけるぞ」という思いを感じ、次の瞬間話しかけられる。
違う男性と仕事の話をしていた時、その方の頭の上あたりから
空気のかたまりが発せられ、「好きだ」という気持ちを感じとり、
その後しばらくしてデートの申し込みをされる。(でもお断り
しました…)。

私は目に見えないものに敏感になっていたのです。

その後、郵政民営化に向けた組織の再編により、K郵便局での
集配業務(つまり配達)が、隣の市のN郵便局に移ることに
なり、郵便課の職員とゆうメイト(アルバイトのこと)の
ほとんどがN郵便局に異動することになりました。

私も、その年の10月からN郵便局で仕事を開始。
ここでさらに、目に見えないものへの感覚が鋭くなります。
「気」の存在をはっきり感じるようになるのです。

主婦のUさんに初めて会った時、頭のうしろから神々しい
光が放射線状に強く出ているのをはっきり感じました。
天使の光のようでした。
その女性は実際、優しくて心のきれいな方で、お顔を見ると
その場の照明に関係なく、まぶしさを感じました。

ある男性からは優しさの気が、目から、全身から泉のように
溢れ出しているのが見えました。

良い気もあれば悪い気もあります。

また別の男性社員の頭の後ろに、まがまがしい黒い闇が
見えて、寒気を感じました。魔の宿る闇でした。

ある若い女の子のうしろには、もっとすさまじい闇が見えました。
非常に密度の高い真っ黒で重い闇が、その人をのみこもうと
しているのを感じ、全身に悪寒が走りました。まるで地獄の底
のような、絶望的な闇でした。その女性に近づくだけで寒気が
するので、申し訳ないけれど、その人を避けていました…。
ちなみにこの女性は、仕事中に突然倒れて、N郵便局を
すぐにやめてしまったのです…。

場所の気にも敏感になりました。ある神社の小さなほこらに
近づいたところ、神々しい光が大量に強く発せられているのを
感じ、その気におされて思わず後ろにあとずさりしてしまい
ました。まさにご神気でした。

それから、一度だけ、物に付着した気を感じたことがあります。

雨の日、N郵便局で仕事を終えて帰ろうとした時のこと。
傘立てで自分の傘を探し、これだと思って手に取ると、なぜか
違和感があります。「本当にこれ、私の傘かな」と思いつつ
取っ手部分をずっと触っていたら、突然、嫌な気をそこから
感じてすぐに傘を離しました。きめがあらく、濁った汚い気…。
「これは私のじゃない」と、もう一度傘を探して今度こそ発見。
傘の取っ手を持った瞬間しっくりと手になじみ、これだと
わかりました。

当時は、こんなことが日常茶飯事になっていました。

ちなみに現在は、その頃に比べると感覚が鈍ってしまっています。
前ほど気を感じなくなってしまいました。これは良いのか悪いのか。

人の感情の気を感知する場合、ポジティブな感情なら良いけれど
ネガティブなものであった時はかなり嫌な思いをするので、やっぱり
鈍感でいるほうが幸せなのかもしれません。

posted by かよこ at 00:09 | 心のこと | 更新情報をチェックする

2013年08月08日

この一連の記事を書く目的について

【精神不安定を克服するまで 4 】

ブログでなにやら連載記事のようなものを書いていますが、
なぜ主治医が心を救ってくれた恩人なのか、詳しく書くことに
決めたからなんです。(これを最初にことわっておくべきでした…)

それから、20年も引きずってきた精神不安定をどう治したのか
についても書くつもりです。今の私の心は、昔の精神状態が
嘘のように完全に安定しています。つまり完治したんです。

私の体験談が、パニック発作、不安発作で悩んでいる方々に
少しは役に立つかもしれない、その思いでこの一連の記事を
書いています。

完治に至るまでの道のりはとても険しく、主治医の助けが
決定打として作用したものの、それだけでは不十分で、
自分自身の大変な努力を要しました。それについては
かなり後の記事で書くことになるでしょう。

この先、非常に長い連載になると思います。
根気のない私が最後まで書けるのか…。
あまり自信がないけれど、なんとか頑張りたいです。

次はいよいよ、現在通院している精神科クリニックの主治医が
登場、といきたいところですが、その前に書いておかなくては
ならないことがあります。

次回は、「目に見えないものに敏感になる」、です。

posted by かよこ at 14:27 | 心のこと | 更新情報をチェックする

2013年08月07日

心の病に苦しんだ過去 大学卒業後

【精神不安定を克服するまで 3 】

22歳で大学を出た後は就職せずフリーターになった私。
社会に出てやりたいことが何一つ思い浮かばなかったからでした。

受験戦争の重圧も、単位を取らなくてはいけないプレッシャーも
ありません。学校から解放されやっと自由になれたと感じました。
20代は主に家庭教師や個別指導の塾講師、30代になると主に
郵便局でアルバイトをしていました。

精神状態は学生時代に比べるといくぶんよくなっていました。
人前で字を書かなくてはならない場面では時々軽い発作を
おこすことがありましたが、以前のように、自分の精神が
崩れ落ちそうな恐怖はなくなっていました。

人前で字を書く以外には、友達と一緒に外食すること、あとは
逃げられないと感じる場所、たとえばレジの長い行列に並んだ
時などに不安が高まることもありました。でもたいていは
発作の寸前まで達しても発作自体は起こさずにすんでいました。

大学卒業後15年間、30代後半になるまでこのような状態が
続きます。

posted by かよこ at 00:12 | 心のこと | 更新情報をチェックする

2013年08月01日

心の病に苦しんだ過去 大学編

【精神不安定を克服するまで 2 】

大学2年の頃だったでしょうか。ある時、狭い教室での授業中に
不安発作が起きてしまったのでした。

それ以来、大きな講義室での授業は大丈夫だけど、狭い教室での
授業が怖くなりました。実際に発作が起きることはあまりありません
でしたが、常に予期不安に悩まされ、授業はなんとか自分で自分の
心をなだめつつ、不安な心をごまかしつつ、やりすごしました。

当時の私は、自分が心の深い部分から崩壊していまいそうな恐怖
を抱えていました。どう表現していいものか難しいのですが、
とにかく、自分で自分が信じられない、心にいつ暴走するか
わからないものが潜んでいるような…。
私は自分の心を感じることを恐れていました。

大学4年生になり、母校の高校へ教育実習に行くことになりました。

大勢の前での授業、黒板の板書き。私は特に、人前で字を書く
ことに恐怖を感じていました。あのテストの時のように、手が震えて
書けなくなったら…不安発作が起こったら…。

ついに、心の病の病院を訪れることに決めました。

初めて受診した、個人医院の心療内科。(現在通うクリニックとは
違います)。
医師は私の話を聞いて、不安神経症と診断。コンスタンという
薬を処方されました。

当時は不安神経症という病名でしたが、今でいうパニック障害、
社交不安障害にあたると思います。

コンスタンを服用すると頭がひどくぼーっとしましたが、なんとなく
不安はやわらぐような気がしました。この薬を毎日のんで
教育実習に通い、無事に終えることができました。

高校で発作を起こして以来、私は誰にも相談できずに
いました。こんなにも心が弱いなんて、私はなんてダメな
人間なんだろう、こんな病気になったことは恥でしかない、
友達に話したらきっと変な目で見られてしまう、本気でそう
思っていたのです。心の弱い自分を責めに責めていました。
ついに精神病の薬を服用することになり、自分は地の底まで
転落したダメ人間だとまで考えていました。

今にして思えば、ずいぶんひどい考え方ですね…。
私はダメ人間だったのではなく、傷ついた心を抱えて
助けを必要としていたのです。

その心療内科に行ったのは2回だけで、薬をもらうのが
目的でした。医師からは「この薬はお守りのように持って
いてください」と言われ、その後なんと10年以上、言われた
通り、お守りのように薬を持ち歩いていたのでした。

さらに続きます。次は大学卒業後の話です。

posted by かよこ at 20:43 | 心のこと | 更新情報をチェックする

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